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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
二十二
所詮は、逃げ終わせられぬものと、観念したらしいのである。
「……事、ここに至りましては」
紋太夫は、つかまれている襟元を、切なそうに伸ばして、がくと、面を振りあげた。
「さいごのお慈悲を仰ぎまする。ねがわくは、紋太夫にお手討を賜わりますよう……」
「本心か」
「紋太夫が生涯の言はみな嘘であろうとも、この一言に偽りはございません」
かれの面には、涙が垂れていた。この涙も、一度や二度のものではない。けれどもいまは、真実、さいごを知って、悔いの頬をぬらしているらしく思われた。
「――われながら、私は、私という人間を持て余しました。幼少、ご恩顧をこうむってからのご奉公も勉学も、決して、君を騙かんなどと思ってして来たわけでは毛頭ありません。けれどいつか、才走るの余り、奉公人たる身分を逸脱して、外には権門とむすび、藩中にまた自己中心の一藩をつくり、いつか際限なき欲望をいだいて不逞な謀みをいたすようになりました」
「…………」
涙の眦をふさいで、紋太夫は、うわ語のようになお訴える。
「八幡ご照覧あれ、この春、ご隠居さまの御前で、誓ったことばも、決して、虚偽ではなかったのです。