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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

十九

また時には度の過ぎるほど目をかけて来た家臣はない。とはいえ、光圀が恩ぞとはいわぬ。それあるは偏えに、そち自身が、他の持たぬ経営の才をもち、ひと優れて有能な生れ性なるがゆえにである。――一寺小僧からわしの小姓となり、やがて、二、三百石の士分より千八百石を給され、今日、当主の輔佐に任ぜられて、水戸一藩の切りまわしを、その双肩に担うようになったのも、みなそちの天質と働きによるところではあるが、じゃ……紋太夫」

と、いよいよやさしく、

「ひとは誰でも、順調に狎れると、むかしを忘れ、いまに思い上がるもの。そちばかりではない、有能の士、才腕の士、みな過るところは、ひとつ石に躓くのじゃ。いまは藩内政外務ともに、このうるさい隠居のさし出口もないことゆえ、ほとんど衆みなその方の威権に慴伏し、あえてその非を鳴らす者もなかろうが、かかる時こそ、そち自身は、一そう慎まねばなるまいぞ」

「……はい」

「媚びる者に惑わさるるなよ。駁す者を敵視するなよ。おそらくそちの意志ではなく、無根の風説とわしは信じておるが、柳沢吉保に頤使されて、諸方に奔走するなどといううわさも聞く。また、そちの仕えまいらす当主の世子吉孚を、病弱にて、世嗣はなり難しなどと、吉保をもって柳営にいわしめ、他より養子を迎えておのれの功となし、水戸一藩を気ままにせん下心なりなど