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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
十二
そのひとは武佐子といった。
光圀は、そこで生れたので、そのまま五、六歳ごろまでは、武佐子が乳母となって侍いていた。
(うんば。うんば。おはなしをしてい。おもしろい、おはなし、していのう)
毎夜、かの女とともに、添寝しながら、幼な児はせがむ。
かの女はまた非常に、はなしが巧みであった。
「夜がたりの局」
と、いわれたこともあるほどだった。
なぜ、そんな異名があったかといえば、武佐子は、三木家に嫁ぐまえまで、京都で宮仕えしていたのである。後陽成天皇の中宮の院に召しつかわれていて、よく宮中で夜伽のおはなしをしたことがある。そして大勢の女官のうちでも、武佐女のはなしがとりわけ巧みであったので、いつか「夜がたりの局」という通り名をもらっていた。
夜ごとの寝ものがたりに、かの女は、どんなはなしをして聞かせたろうか。
おそらく、古今の史上のはなし。
この御国、この皇民。
すめらみことのおわす都のはなしなどもしたであろう。――すやすやと、神そのままなたましいに、かの女は、乳以上の乳を捧げていた。
十二
(きょうは、わしの誕生日ではなかったか)
(さようにございまする)
(――だのに、なぜこのような馳走をたくさんに、膳部へならべてくるか)