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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

三

「何も、ございませぬが、お寒さしのぎに」お次はそこへ酒を出しておいてから、何くれとなく、主婦の仕事を片づけていた。そして、程経て、

「控え徳利のお酒はまだございましょうか。……鍋のお火加減は?」

と、客に馴れないすがたを、部屋の端に見せた。が、又四郎も客の介三郎も、かの女に、一顧を与えるでもなく、杯を下に、凝視と凝視をむすんで、無言をまもり合っている。

――見れば、酒も減っていない。もちろん、減らない酒に酔っているはずもなく、ふたりとも、澄みきった感情の中に、ただ昂ぶるものだけを何か面に漲らせている。

「なぜだ。なぜ不同意か」

激越な語気である。かつてこんな語気を吐かない介三郎の口からそれがいわれているので、主客の感情が、凡事でないことはわかる。

「理由はない。嫌なのだ。ただそれだけだ」

噛んで吐き出すように又四郎は酬う。由来、又四郎は理論ぎらいだ。その嫌いを強いられたからであろう。

「……では、おぬしが、かつての情熱は、うそだったのか。お家を泰山の安きにおき、老公の意を安んじ奉るには、身をすてて、奸を討つしかないと、眦をあげていったことばは……」

「佐々。