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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
十八
(お昼寝か)
と、思っていたが、やがて湯殿に湯の音が聞え、そのまに燭台が運ばれて行った。そして夜食も手軽く終ったかと窺われる頃、
「――ご家老。ご家老はどちらにおられますか。藤井紋太夫どの、ご隠居さまがお召しでございまするぞ」
と、奥の家臣が、あなたこなたの部屋をさがし歩いていた。
十八
まだ明りも燈さず――墨のような夜気をとざしたひと間に――かれは独り寂然と坐っていた。
「ご家老さま」
自分をさがしに来た者の声に、紋太夫ははじめて、腕を解き、面を上げて、
「何か」
と、その中でいった。
「あっ、ここにおいででしたか。――先ほどからご隠居さまが、しきりと、お呼びでございます」
「……そうか」
と、重い息のように答えて、
「ただ今、お伺いいたしますと、御前へ申しあげてくれ。……ちと風邪心地のため、わざと、ご遠慮していたが、すぐ参りますと」
「かしこまりました」
跫音の遠く去るまで、かれはまだそこに坐っていた。
ようやく、ひとり心をとり直したように、どこかへ立って行った。
髪の毛を撫で、鏡をとって、顔容をただして来たようであった。
「どこにおいで遊ばすか」
と、近くに勤仕しているさむらい達に聞くと、ゆうべから寝所と居間に宛てられている橋廊下のあなたの一棟に、もうご書見しておられる容子です――という。