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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
汁講
一
「そうだろう、何しても、怏々と楽しめない。たえず曇天にあたまを押しかぶせられているようなここちから自分を救い出せんのだ。――イヤ、余事にばかり亙ったが、そこでおれの決心はただ一つしかない。江戸へ出て、柳沢吉保に近づき正理を説いて、かれの自決をせまる。もちろん肯くまい……。だからあらかじめ、老公へおいのちをさしあげる覚悟が要る」
「…………」
「江橋、嫌なら嫌といってくれ。同じ心のわれわれ仲間には、よくお家の奸臣紋太夫を斬れなどと、時々、激昂するものがあるが、それはだめさ。紋太夫ごときは、末の末だ。禍いの根本は、もっと大きなところにあるのだから」
汁講
一
燭台を持って出た。
明りのゆらがぬほどに、そっと位置をさだめてから、剣持与平はあとへ退った。
「みな揃うて、お出ましを、あちらでお待ちしておりまする」
きょうに限って、終日、鍬も書物も手にしなかった老公は、湯浴をすまして、夜を待っていたすがたである。
「いま、行く」
手水口へ立つ。宵ちかい軒下へ、鹿の影が、寄って来る。
老公が奥へ去ると、鹿はまたあとを追って、台所のほうへ駈けて行った。
その台所にちかい炉のある部屋から隣りの襖まで抜いて、十二、三名のひとが硬くなってひかえていた。