轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
四
那珂郡の山形村に、武右衛門という百姓がいた。両親は老い、また兄も盲目だったので、
「わしには、親が三人ある」
といって兄にもよく仕えていた。
かれの母は喘息持だった。老衰しているので、喘息がひどくなって、夜どおし苦しむと、痰を吐く気力もなかった。そんなときには、武右衛門が自分の口で、老母の痰を吸い取ってやるのが常であった。
母親が神まいりや寺詣でを望むと、かならず背なかに負って歩いた。かれの妻はまた盲の兄の手をひいて行くので、知らないものは兄の妻かと思うほど仲がよかった。
老公は、この家族の家へも、何の前触れなしにすがたを見せた。
そして炉ばたで、半刻も家族のものと話しこみ、後、藩主の綱条へ書を送って、褒賞あるよう促したということである。
与治右衛門という百姓にも似あわない極道者は、道楽のあげく、醜い片輪になってしまった。けれどもかれの妻が余りに貞節なので、与治右衛門も懺悔のなみだを流し、
「まだおまえは若いし、わしには子のできる望みもない。わしはやりたい放題をやった身だから、おまえが去っても決して恨みには思わない。どうか今のうち他へ縁づいてくれ」