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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

六

どうして、かの女がここに。

また、かの女の母は、いまどこにあるか。

それらの経路を知るものは、お蕗自身と、藤井紋太夫しかないようである。

紋太夫は、はなしかけた。

「蕗どの。体でもすぐれぬか。ちと顔いろがわるいが」

「…………」

「折入って、ちとはなしたい儀がある。もそっと寄らぬか。――何を遠慮。そなたの亡父、白石助左衛門とわしとは、生前、水魚の交わりをしていたもの。いうては、恩きせがましいが、どれほど紋太夫が、役向きにも、君前へも、陰となり陽なたとなって……。いや、やめよう。そういうことを語ろうというのではなかった。実は」

と、自分のほうからにじり寄って、かの女の眸を正視した。

「蕗どの」

「…………」

「こよい、所用あって、吉保様にお目にかかって、何かのおはなしの末、聞けば、そなたはここへ来てから、とんと物をいうたことがないそうではないか」

「…………」

「将軍家のお成りにも」

「…………」

「将軍様が、怪しまれて、彼女は唖かと、吉保様へおききになった程だという」

「…………」

「それは、まったくか」

「…………」

「蕗どの」

「…………」

「これ」

「…………」

何たる無反応であろう。