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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
十八
「では、供をせい。……ぼつぼつ彼方へ参ろう」
いいながら、老公は、しとねから起った。
夜来、側近の者どもすべてに、きょうの物々しい手配は水ももらさぬように命じられ、ここまでは、ただ老公の命のまま仕果して来たが、これからのことは――老公の意中は――那辺にあるものやら、介三郎にもとんと解っていなかった。
十八
舞台はいま、うしろに画いてある一幹の老松のほか、何もない空間となった。
志村金五郎のワキで羽衣を舞った老公のすがたが、あざやかに橋がかりから鏡の間へかくれ、つづいて囃子方、地謡が静かに退いたあとである。
ほっと、観衆の息が、大きく放されると、ゆるい波のように、おちこちの囁きがわいた。
「何というお健やかな」
「お年齢とも思われませぬ」
「芸のお力……」
「いえいえ、天性のご気品」
「いずれにしても、いまのお舞振には、拝見のものが皆、めでたさに、瞼を熱うしたでございましょうな」
ちょうど、時刻は午。
家中の家族たちへ、殿よりとして、弁当の折と、打ちものの菓子の包みとが、ひとりひとりに頒け与えられた。
うしろの大書院の見所を見ると、いつのまにか、太守も奥方も侍女も、すべてほかへ移っていた。