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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
六
その解決と。
動機はちがうが、やはり同じその年、かれはひそかに、生涯の始業を、ひとり胸のなかで構想し始めていた。――のちの大日本史を生む陣痛であった。
六
やろう。やらなければならないことだ。
自分ならで、たれが、この大業によくあたるものがあろう。
光圀は、心をかためた。
もちろんそこへ到達するまでには、夜の眠るまも、考えに考えぬいたあげくである。
大日本史。
そういう書名はもとより後からのもので、当時、かれの抱いた構想と信条は、
――史を正に照らし、正を史に編み、一系の天子をあきらかにし、一体の国土を、民心に徹底せしめる。
もって、日本の正しいすがたを、昭々と千古に遺し伝え、後々、億兆の臣民が、世々の文化の推移にも、国系国体の大本に惑ったり見失ったりすることのないような、史林の源泉をつくっておく。いや国史の神泉ともいうべき大規模な修史をなしとげておきたい。
年少、十八の光圀が、夢にもったのは、そういう理想に醸された大望だった。
藩の抱え儒者、卜幽人見又左と辻了的のふたりは、ある折、
(どうだ、おん身方も、せっかくの学問を、この大業にうちこめば、死しても、本望であるまいか。