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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
三
なかったかもしれません。……それが、旦那のおはなしを伺って、楠木正成公というお方、またその御夫人や、お子たちや、ご一族などの――なんといったらいいか、ご忠義のほどを知ってみると、その日からですよ。鑿にはいる力までちがって来たんでさ。ごま化して、儲けようなんて、考えても、身ぶるいが出るようになってしまいました。てまえばかりじゃございません、ここへ来て働く下職まで、みんな人間が変ってしまうから怖ろしいものですよ。……身は石屋だし、手には鑿を持っているが、おなじ御旗の下にいる兵士のような気になりましてね。……だから正成公はまだ、どうしても、この国に生きているっていう気がしてなりませんが、旦那、どんなものでしょう」
三
「そうとも」
介三郎は大きく頷いて見せた。
「正成公ばかりではない。――古人はすべて死んでいない」
「……へえ、そうでしょうか」
石屋の権三郎はまた分らなくなった。
楠木正成にたいしては、彼も十分にそれが理解できたが――古人と、ひろくいわれると、解せないことになって来た。
介三郎は噛んでふくめるように、
「たとえばだよ、おまえの宗旨は法華だそうだが、おまえが艱難に克とうとするときは、日蓮のつよい意志を思い出して、自分の意志を励まそうとするだろう」