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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

白石助左衛門といえば、いまは亡き人であるが、雪乃の良人だった者である。

「では。……雪乃の娘か」

「さようでございます」

「そちも独身。許嫁のあいだとでもいう仲か」

「いえいえ。そんな次第ではございません」

「それに似たような程度か」

「……どうも寔に」

悦之進は途方にくれるほど、ただ羞恥んでしまっている。もう三十近いが、その容子は童貞の潔白を証明している。

槍術は天性の上手。剣は真陰流をきわめ、幼年から朱舜水に師事し、また心越禅師に侍座して、侍ひとかどのたしなみは修めた者とは――老公の眼からも、今は見えないほどな彼の困り方である。

「ははは、悦之進、ひどく閉口いたしたな。こんな折には、禅もだめじゃろ。そちの日頃よくいう禅の肚でも――」

「だめですな」

とうとう兜をぬいだ形である。悦之進は、腋の下に汗をおぼえながら、頭を掻いて、一矢酬いた。

「ご老公にはかないません。ご自身のお若いころに、人すぐれてご修行がありましたから」

「いいおるぞよ」

と老公は反らして、林助へ笑いかけながら、

「そちなどはまだわけて未熟、悦之進の学問武芸には見習うても、わき道には見習うな」

と、いった。