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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「持って参りましょう」
熊は大きな酒徳利をさげて来た。そのまま焚火にあたためて、介三郎がまず茶碗にひとつうけ、浪人の牟礼、浮田やそのほかの者へもまわした。
けれど石権をはじめ、職人たちのほうは、かれらの飲みのこしなどをうけるのは潔しとせぬように、たれも茶碗を出そうとしなかった。
「なぜ飲まぬか。たれもかれも、眼のないほど好きではないか」
介三郎にいわれて、渋々、手を出してつぎあったが、それでもなお釈然たる空気には溶けあわなかった。
「うまいなあ……」
ひとり介三郎は舌つづみ打って、
「こうして大勢で酌む酒のうまさ。貧しいためなおさらうまいな。だがこれは、酒の味か、人の味か。……考えてみると、わからんぞ。もし、たった独りぽっち、この寒夜に、この闇の野原で、飲んでみたとして、この味はあるだろうか。ははは、分りきったこと、芭蕉や西行でもなければ、耐えられることじゃない。……してみるとこれは、酒を飲むとはしているが半分以上、人間が醸しあっているものの味であろう、そうだ人間の味」
と、飲みほした一杯を、すこし距てている浮田甚兵衛にさして、
「なんと、そうではあるまいか」