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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

倉皇と出て来たのは、老舗の主らしく、

「いらっしゃいませ。どうも失礼をいたしました。店の者をつい近所まで使いに出しましたので。……何をさしあげますか」

大きな塗りのかさね箱の蔭で、手をふき、たすきを外して、それへ坐って出たが、ふと仰ぐと、むさぐるしいお菰が傲然と立ちはだかっているので、

「おまえさんかえ。いま呶鳴んなすったのは」

「おれだよ」

お菰は、おれだが、それがどうしたんだ――といわぬばかり、しばらく無遠慮に主の顔を見下ろしてから、

「菓子をくんな。上菓子を。もらいに来たんじゃねえ、買いに来たんだ。この通り金はある」

と、片方のたもとへ、手を落して、銭の音をさせた。

主は坐り直して、

「売らないよ」

膠なくいった。

「なんだと」

「売らないってことさ」

「ここは商家じゃないのか。客にむかって、そのあいさつは何だ。菓子舗とかんばんをあげておいて、菓子を売らねえという法があるか」

「ある」

「おれをお菰と見くびっていやがるな。金がねえんじゃねえぞ。客に分けへだてをつけるのか、てめえは」

「つける」

「もう承知はできねえ」

お菰は店のまん中へ、片あぐらに腰をすえこんで、かぶり物のきたない手拭をとった。