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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

三

なんと、それが、水戸のご隠居さまじゃあねえか……」

何を訴えようとしているのか、初めはよく分らなかったが、やがてかれが、水戸の城下に近い那珂川の生れで、那珂川の勘太というお菰だったことだの、上菓子を買いに行って、そこの菓子屋の主に手強く断られたときのことなど、つぶさに語って来ると、人々も初めて、かれがそのときの恥に発奮して、人なみに上菓子の喰える人間になろうと志した発奮の動機を、いまのすがたに照しあわせて、ようやく、酌みとることができた。

三

勘太の前身を聞いて、みな意外な顔していた。

また、かれが甦生に奮起した動機を聞いて、自分の中にも、その力はあると、何か急に、立ち上がりたいような気もちに襲われていた。

驚いたのは、佐々介三郎である。つかつかと勘太のそばへ歩み寄って、

「さては、おまえは水戸の者だったか」

「ご領民でございます。水戸のお名を汚すような」

「いやいや、前身は知らぬが、わしが知ってからのおまえは、見上げたものだ。何ぞ、身の上に仔細のある者とは疑っていたが」

「菓子屋の軒から。――ようし、いまにきっと、ここの店へ、上菓子を買いに来て、亭主に手をつかせてみせるぞ――と、そう心に誓った日から、そのままご城下を去って、あちこち、地道な働き口をさがしておりました。