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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「あれでよかろう。木賃らしいが、土間に腰かけておる老爺の老爺ぶりがよい」
浅草門から横へはいった裏町であるが、片側は柳や桐の火よけ地で、江戸の中だが田舎びている。家は小さく、客もすくない。二人はそこに草鞋を解いた。
「旦那。断っておくのを忘れたが、風呂はないよ」
老爺ぶりがよいと、介三郎が特に認めたその老爺が来て――せむしのように腰の曲っているせいか坐りもせず、片手のきせるをうしろに当てたまま縁側から不愛想にいう。
「なに、風呂がない。野天風呂もないのか」
「風呂桶を繕しにやったで」
「それは」
と、軽い失望をもらすと、老爺はきせるを往来の方へさして、
「なに、すぐそこまで出れば、銭湯はいくらもある。安いのなら見附のわきへ行きなさい。太平記読の小屋と並んで『ゆ』という看板が出ておるし、もっと贅沢に、湯よりも遊ぼうというつもりなら、神田のほうへ向いて、ぶらぶら行ってごらん。丁字風呂だの、何風呂だのと、いろいろある。白壁みたいな顔した女どもが唄っていたり、蒟蒻みたいな男が出たり這入ったりしているのですぐ知れるよ」
食後。まだ宵のころ。
ふたりは手拭を持って、往来へ出て行った。