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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

ひとみも動かさない、顔いろも変えない。冷々水のごとしというが、水ほどな揺らぎもない。

ちと、焦れて来たらしい。紋太夫の眉のあいだに、針のような皺がひとつ立った。これは紋太夫が日頃はふかく慎んで秘している神経の思わずピリッと出たものにちがいない。その針ひとつが眉間に立つと、かれの人相はまったく変って、何ともいえない凄味を呈して来る。

「――蕗。そなたは、この紋太夫にも、唖のまねを守ろうとするか。藤井紋太夫を、あまい人間に見ておるのか。かりそめにも、そなたの亡父助左衛門の恩人、ひいてはいま、そなたの母、雪乃の身まで引取って、わしの手許に養育させてあるものを……その恩人に、そちはそのような態度をとって、すむと思うのか」

「…………」

「返辞をせい。蕗」

「…………」

「口を開かぬかっ」

「…………」

「いわぬ? ――何としても口をあかぬな。……そうか、もう強いまい、きっと、唖を守ってみるがよい。紋太夫にも、考えがある。……不愍なのは、そちの母ということになるだろう」

「…………」

「ぜひもない。この上はせっかく其女をおおすめしたご当家に対しても、紋太夫の立場がない。立ち帰って、そなたの母を責め、母の口から、ものをいわすぞよ。