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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

もうこの世のものではあるまい。かわいそうな事をした」

たれもいない。

又四郎のつぶやきが、呻くようにお次に聞えた。足もとの堤の下を、たえず河波が咽んでいる。

古材木が揚がっている。それを見ると急に足のつかれが思い出された。又四郎ですらくたびれた程なので、お次は思いやられるが、かの女に休もうともいわなかった。ひとり、そこらに落ちている莚をひろって古材木の上に敷き、むっつり腰を下した。

「…………」

お次は、岸へ寄って、河波をのぞいている。しゃがみ込んだすがたの上に、茂りきった柳が枝をひろげている。

「……ああ。きれいな晩」

まったく、問題は別である。

かの女のつぶやいている事、仰いでいる眸のさき。それと又四郎のうめきとは、ふたりの位置のように、何のつながりもなかった。

夜空を斜めに、銀河がかかっていた。一つ一つ、その無数な大小の星を、数えているのではなかろうかと疑われるほど、根気よく、かの女は顔をあげていた。その白い顔もまた、星のひとつと、見れば見られないこともない。

「死なしたか。あの惜しい若さを。……おれのためではないにしても」

又四郎の眼にはいま、満々たる大川の水も見えない。