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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
おととしから去年にかけて、ここで製した「救民良薬」を諸所へ配布して以来、その施薬の効によって、病が癒えたと、礼に来る農民がひきもきらない程だった。
また老公が多年に亙って、奨励して来た産業や善政のたねも、近年にいたってようやくその実を結び、庶民の生活のうえに、明らかな余徳となって顕われて来た感謝もある。
たとえば、松や杉の植林にしても、初めのうちは、労力を徴発されるので愚痴の声もあったが、すでにその木々は五尺、七尺と伸びていた。そして、
(山の繁りは国の栄え)
を事実に示していた。
漆の木など、この領地には、なかったものだが、初め苗をやって、五畝毎に一本ずつ植えさせた。そして育つと、漆十本のうち二本を藩に納めさせ、あとは農民の収益とした。
落花生、さつま人参、朝鮮茄子、葡萄、蓴菜、そのほか薬草、食糧、染料などの資になる植物などもみな、老公が学問を学問するに止まらず、農民の生活と、藩の生産を考え合せて、実政策に具現したものであった。
新しく殖えた果樹もずいぶん多い。湖沼を利用して養魚をすすめることも忘れなかった。小禽、獣のたねまで、益するものは、山野へ放った。