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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
三
「与平どの。剣持どの。ちょっとお越し下さい」
と、一大事でも降って湧いたように呼びたてた。もっとも、おととしの春、汁講の一夜にあったあの事件を思い起せば、お蕗が生きていただけでも、大きな驚異には違いなかった。
三
その日、老公は留守だった。数日前から那珂湊の賓閣に在って、なお逗留中とある。
那珂の月は、老公の好きなものの一つであった。月といえば世人は秋の月を賞するが、老公にいわせると、
「春にも名月あり、夏にも名月はある」
のであった。
月ばかりでなく、人を観、人を賞するにも、その見方があるらしい。
貴人なるがゆえに貴まず、貧賤だからといって賤しまない。たとえ愚鈍であろうと、愚鈍のうちに人間の光を見れば、みずから訪うて拝すことさえ惜しまなかった。
茨城郡の一村に、弥作という愚鈍がいた。たれにいわせても、まちがいなく愚鈍な性とされていたが、この男、ひとりの母親だけには、実に孝養をつくしている。
妻はあったが、貧農だし、その妻がまた病身なので、母への孝養が怠りがちとなるのを惧れて、飽かぬ仲だったが実家へ帰し、田へ働きに出る時は、背に老母を負い、片手に農具を抱えまた、べつの手には母の好きな食べ物やら土瓶やらを提げて、畦を行くのが常であった。