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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

七

柳沢家の内部、柳沢家と紋太夫との関係、ふたりの黙契している野望――あらゆる審さに亙って、近頃その邸内に起った顛末から、人見又四郎と江橋林助とが、正義の剣を磨いで、かれらに迫ろうとしてかえってその陥穽に落ち、いまは生死も知れないという仔細までを、のこる事なく告げて、

「以上は、お蕗とお次とが、辛くも江戸をのがれて来て、このうえは老公のお力にまつほかはないと、けなげにも訴えて来たままを述べたのでございまする」

と、むすんだ。

「そうか」

常のとおりな頷きであった。

けれど、常とちがっていたことは聞きとるとすぐ、褥を起って、さきに遠ざけたさむらい達の方へふいに放った音声の大きなことであった。

「西山へもどるっ。馬の用意、すぐ馬の用意っ」

七

夜はかなり更けていた。時ならぬ馬蹄の音がする。西山荘の門には、紛々と白く梅花がこぼれた。

「お帰りっ」

「お帰りですぞっ」

いつになく駈けこんで奥へ告げ渡る従士の声にもただならない響きがある。と、もう一同が迎えに出揃わぬうちに、老公は剣持与平を従えて奥の居室へ通ってしまう。

「湯漬を」

と、いう所望。

それから間もなく鹿野文八が呼ばれ、旨をうけて、近くの不老沢に住んでいる西山の老職格たる大森典膳を夜中ながら呼び迎えに駈けてゆく。