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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

そこを、そっと覗いて、

「介三郎どの」

鹿野文八が声をかける。

介三郎はあわてて、打粉ぶくろを小筥にしまい、刀を拭いて、鞘におさめた。

そして初めて、膝をうしろに向け、

「文八どのか。何だ」

「……あなたに、お会いしたいと申して、ご門の外に、待っておるお人がいる。ちょっと、お顔をかしてあげて下さい」

まるで頼むような取次ぎである。

「わしに会いたい者が? ……。はて、お玄関へ訪れぬのか」

「そこは、ちと……参りにくい事情があるのでしょう」

「だれだ、いったい」

「…………」

文八は、入って来て、かれの側に膝を折った。そして、何か耳へささやくと、介三郎の眼うちにも、明らかに愕きの色がみちた。

「……そうか!」

すぐ起って、介三郎は文八より先にそこから出て行った。裏口から草履を穿く。そして庭ごしに、老公の眠っている部屋の明るい障子を遠く窺いながら、また、すたすたと表のほうへ迫って行った。

大股に、門を出て、十歩ほどで立ちどまった。

右を見、左を見る。

すると、彼方の麦畑のそばにある梅の木の下に、ぽつねんと佇っているひとりがあった。鼠色の着物を裾みじかに着て、わらじ穿き、そして天蓋を被っている。