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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「蕗どのの危うい境遇を知りながら、なぜ、お身が救うてあげなかったか。ことばの一つもかけてやらなんだのか」
「頑なとお笑いになるかもしらぬが、ふたりはまだ公にゆるされている間ではありません。殊に拙者はご勘気をうけておる身……。そのご勘気をこうむったのも、汁講の夜、あの騒動につい蕗どのの安否に心をひかれたため――忘れたわけでもありませんが、老公のおさしずもまたず、勝手に夜明け方まで、血まなこになって、時ならぬ時刻、茫然、山荘へ立ち帰って来たことがご機嫌を損じたによるものです。……ですから、いささかご奉公の真を尽し、お側へ帰参をゆるされるまでは、たとえ顔と顔を合せても、蕗どのとことばは交わさじ――と、ひそかに自分へ誓っておりまする」
「では蕗どのが何を告げるため江戸からこれへ参ったかそれも?」
「ことばこそ交えませんが、蕗どのの生命は、先にも申したとおりよそながら守っていたつもりです。苦しくはあろうが、柳沢家にあるうちは、まず一命にかかわらぬものと、遠眼に見まもっていたわけでした。――ところが例の又四郎が、一途に目的をとげよう為、邸内に入って、かえって相手方の陥穽に落ち、いたく吉保や紋太夫を仰天させたことは当然です。