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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「紋太夫は見えぬが、いかがいたした。紋太夫は不在か」

と、あいさつの為、次々に、ここへ来ている家臣たちを見ていった。

「いや、たしか今し方まで、おられたはずでございますが」

と、ひとりがすぐ、彼のすがたを求めに起ちかけると、

「いや。呼ぶには及ばん」

と、老公はなぜか制して、しかもそれが不自然にひびかぬように、

「何ぞ、忙しいことに紛れておるのであろう。後刻、ゆるりと会おう」

しかし、間もなくその紋太夫は、主君綱条に侍して、これへ見えた。――わが子ながら綱条は当主である、老公は席を分けて、上座を与えた。

綱条は、あえてその席を占めなかった。やはり子として厳父の下に手をつかえたいのである。近況をたずね、気候の障りを見舞い、そして、

「どうしてお供もわずかしか連れず、かくは遽に、早馬に召されてご出府でございましたか」

と、いぶかし気にたずねた。

藤井紋太夫は、その綱条の陰に慎んでひかえていた。どう見ても忠良な側臣である。また一藩の国老として見劣りもなく、叡智で物静かな人品である。――老公の眼は、時折、かれのほうを見た。紋太夫は、終始、うつ向きかげんに控えていたが、決して、躁がしい眼はしていなかった。