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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「田舎にひき籠ってからは、とんと美食に馴れぬせいか、たまたま食べつけぬものをいただくと腸を驚かせて、かならず工合がわるうなるので」
と、一笑して去った。
大久保加賀守忠朝が、ふと大廊下でそのすがたを見かけ、挨拶をのべたあとで、伴って一間へはいった。
たれも居合せなかったので世間ばなしの末、忠朝はこんなことを話し出した。
「どこから出た虚説やら、ひと頃、水戸どののご隠居には乱心されたそうな、さてもお気のどくよと、真しやかに老中たちの列座の席でも、うわさされたことがありました。柳営のみでなく市井のうちでもよく聞くから、専ら評判でございましたが、ほどなく阿部豊後守が実相をただされて、さる事実なしと、明らかにされたため、いつか、うわさも止み、お変りのない体を眼のあたりに拝し、内心、驚愕した者もありましょうが、また、歓んだひとも多くございましょう。忠朝も同様、大慶にぞんじまする」
すると、光圀は、
「は、は、は、は。いや火のないところに煙はたたぬと申せば、多少は隠居にもそんな乱兆が見えたやも計られませんな。自分では何の症状も覚えず、つねに歪められざる正気と昭々の眼をもって、世を観ること、国を思うこと、忘れぬつもりではいても……。