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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「いかがいたした?」
「は」
「顔いろが悪いのではないか」
「実は、両三日前からちと、風邪をこじらしました気味で」
「それは生憎な……。さだめし体も気懶かろう。では、手短に申すとして」
と、白髯の先が、膝がしらに触れるほど、やや身を前に折りかがめて、
「世捨て人にもひとしい隠居ながら、さて、後々の愚痴は捨て難きもの。それにつけ、何かとそちの事は思い出しておるぞ。主従は三世というが、さて、わしと、そちとも、久しいのう」
「……はい。夢のまに」
「三十年。いや、もっとになろうわえ。そちは、幾歳になった。光圀もはや……」
こよいそも、何をいおうとする老公なのか。紋太夫はそれのみ怖れて、耳は熱して口は渇いた。夜も静か、老公の声もいと穏やかなのに、ひとり胸の中で七顛八倒していた。
十九
影を描いてひとり影に恐怖しているのである。蒼白なかれの面には、あぶら汗がにじみ出ていた。
けれど、老公のことばは、依然、平常と変りはなかった。いや、常よりも沁々として情味さえこもっていた。
「――いわずとも、その方とて、よく心得ておろうが、譜代の臣も多い中で、そちほど、光圀が一存にて、思い切って登用して来た家臣はない。