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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

――そのままでよい。足拵えなど、中食の折に茶屋などでととのえたがよかろう」

と、いって、すぐ駕籠の塗戸をしめさせた。

「…………」

ふたりは、顔を見あわせた。

もう駕籠はさきへすすんでゆく。

主命である。主君の行動だ。いささかの自我もここではゆるされない。

歩行の人々のなかに加わってから、介三郎は、鹿野文八にそっとたずねた。

「すこしも知らなかった、ご出府とは。……お支度にあたって、ご隠居さまには、拙者の帰りの遅いのを、お怒りではなかったか」

「そんなご容子はいささかも窺われなかった。渡辺悦之進どのからも、おとりなし申しておったし」

「悦之進といえば……悦之進だけが、お供のうちに見えぬが?」

「ゆうべ、先に、早馬で立った。――小石川へお先ぶれに」

「そうか……」

と、ふと、また、駕籠のうちから洩れる咳声を気にして、

「すこしお風邪気味のように窺われるが、どうして、かくは急に」

「侍医の井上玄桐どのも、そう案じて、ご延期をおすすめしたが、何か、ゆうべは固くご決心のご容子で、押してご出発を仰せ出された」

「――おそらくこれが、出府の終りであろうなどと仰せられたが」

介三郎は、胸のうちに、素足で霜をふむような傷さを覚えた。