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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

九

と、肚のそこで、ひそかに多寡をくくっているらしいのである。

かればかりでなく、かれと摺れちがいに、あるいは、用事を聞きながら、または、目礼などする家中の輩のうちにも、かれと同様なしぶとい落着きぶりを構えているものが無数にある。

もちろんそれらの輩は、紋太夫の一味であって、紋太夫と同じものを抱いて老公を視ているに間違いはない。

それはともかく、数日の後、在府の家中一統の者へ、老公の名をもって、それぞれ案内状がまわされた。

能楽の招きであった。

小石川の邸内には、以前から一閣をなしている能舞台がある。

先々代頼房も、よく能はたしなんだが、光圀も好きである。こんどの案内には、特にこういう意味のことばが添えてあった。

予もはや六十有余、この歳寒をこえては、ふたたび出府の儀もおぼつかなく思われる。

就いては、このたびを江戸への出納めとし、また家中の子弟どもへもそれとなく名残を告げたく思うにより、一日、妻子眷族をみな連れて、能楽堂に寄るがよい、予も、舞い納めに舞うであろう。

そして月日は、元禄七年十一月二十三日とあった。

その日にいたるまでの数日間というもの、紋太夫やその他の家臣は、当日の支度に忙殺された。