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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

耳語眼笑

一

「何を問うても、すらすらと答えるし、不審もないので」

「念が足らん。おれが行って、もういちど捕えてみよう」

又四郎が、あとへ引っ返そうとすると、初めて聞えたように、

「やめい、やめい。つまらぬ詮議だては」

「でも。……さきほども仰せられたように、威なければで」

「曲解すな。百姓隠居の往来に、なんの物騒があろう。さなきだに、旅はさびしいもの、故なく旅人をとがめるな」

老公は、馬を降りた。

山荘の門にも、梅が白い。一日見ぬまにもちがっていた。

馬の口輪を曳いて、悦之進は厩へまわる。

薬研を挽く音がしていたが、それがやむと、たちまち召使の影と影がかさなって出迎えに溢れ出てくる。――そして老公のすがたをかこみ、

「お帰りあそばせ」

「おつかれでございましょう」

ぼんぼりの明り、花明り、老公の白い髯を見ただけでも、家中みな明るくなった。

耳語眼笑

一

あくる日。

きょうは晩に汁講があるせいか、さしも閑寂な山荘にも、何となく忙しげな物音が洩れている。

たとえば、ぱん、ぱん、誰かが薪を割っている音にしても、出這入りの人の跫いろにも、忙しさがうかがわれる。

だが、こんな日でも、悠長なのは、そこここと退屈なく遊んでいる鹿と、お小納戸の隣りでする薬研の音だった。