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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

障子にはまだ夕明りが、蒟蒻色に暮れ残っている。褪せた黒つむぎの羽織、ごわごわな手織の袴、陽にやけた顔など、粗朴一色の座に、二つの美があった。

障子に交叉した梅の影と――客のすべてにある剛毅な風であった。

この風は、いわゆる水戸風である。おのずから老公を慕う若いもののあいだに生れた風である。

縁をしずかな足音が渡ってくる。――老公、と知ると、若ものはみな頭を下げていた。

「そろうたな、よう見えたな。日ごろはみな少将(当主綱条のこと)へ忠勤のこと、陰ながら欣しくぞんじておる」

たれもまだ老公のすがたを仰がない。いつのまにか床の間をうしろに坐ってそういう老公の声を耳に知るだけであった。

「手をあげてよろしい」

老公のことばに、初めて、いっせいに胸が伸びる。――ああお変りもなくと、人々は眼をこらして老公の健康を、その皮膚や眼ざしや髭や語音や、あらゆる容子からさぐり見るのだった。

わかれた親に会うように。

その位置は去っても、君公として、今なお、思いきれぬ敬愛を、ひしと抱いて。

「膝をくずせ、あぐらをくめ。ここは百姓家じゃ。わしもいまは少将の領土の民、おぬしたちも少将の家来、ひとつものじゃ。