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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「ははあ、毎朝暗いうちから、山荘の裏のほうで、犢牛がうなるような声がしていると思うたら、おまえたちか」

「お眠りの邪げになりましたか。恐れいります。あしたからはもっと遠方でいたしまする」

「たわけを申せ。あの頃は、わしはもう風呂所で五体を拭いて読書しておる」

「その風呂所で、実は風邪をひいたのでございます。千回も素槍をしごくと、満身、りんりと汗にまみれて来ますので、毎朝、われわれの下風呂のほうで、水をかぶって、それから着衣いたします。――ところが今朝、例のごとく、ざんざと水をかぶって上がって来ましたところ、大事なものが、紛失いたして見えません」

「大小か」

「いいえ、武士のたましいには違いございませんが、それをつつむものです」

「つつむもの?」

「はい」

「なんじゃ」

「申しあげかねます。……ちと尾籠ですから」

「ははは。和語で申そうとするからいえんのじゃろ。漢音で答えれば何気なく聞えるに。わしが代っていってやろうか」

「お察しがつきましたか」

「犢鼻褌じゃろ」

「そうです」

と、林助は頭をかかえて、

「――そこで、はたと当惑いたし、はて、何者がかくしたかと、探し求めていますと、お手飼の鹿めが、それがしのその物をくわえて、遊んでおりました」