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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

又四郎ひとりかと思うていたら」

「いけませんか! 老公」

こんどは、喰ってかかっていう。

「いかにも、拙者は泣き虫です。けれど自分の事では泣いた例しはないつもりでござる。――親の死んだ時と、国を思う時だけだ」

すると、隅のほうで、

「やあ、始まったぞ、大村が。大村五郎八が、老公をつかまえてやりおるやりおる」

これは見ものと、一時はみな眼をそそいだが、酒の座の通例として、局部的な充血はゆるさない。

あっちでも何か爆笑する。こっちの壁のすみでも何か一問題沸騰している。こうなっては、政治にわたってはいけないとか、個人的な誹謗は慎みあうこととか、かねての会則などは、吹き飛んでしまっている。

もっとも、こうなって来たのは、近来の傾向で、その前には、だいぶ講中にも、正体のはっきりしないふた股武士が交じっていたが、徐々、そういうのが去って、選ばれた者だけになった今日では、もうそんな警戒や会則も要るまいというのが、みなの心理に何となく作用していた。

ところで、老公も、あえてそれを咎めず、むしろ共に興じて、

「ほ、ほう。……親の死んだ時と、国を思う時だけは泣くか。さてさて不忠不孝なもの」