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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

いづれより

まづ咲きいづる

色を見ん

うゑて花待つ

にはの白菊

琴歌は、二度くり返された。

「オ……宮のお歌」

にわかに皆、坐り直した。

一斉だった。こういう訓練をふだんにしていたかのように、誰彼といわず、ざっと畳の音をそろえて、膝をあらため、襟を正した。

すこし間を措いて、琴の音と歌は、またひとつに流れてきた。

たゞ見れば

なんの苦もなき

水とりの

あしに閑なき

わがおもひかな

これは誰も知る老公の詠じた歌である。諸士はみな首をたれた。

まえの白菊の歌は、老公がかつて水戸の丸山に十景を選んで、淵明堂を建て、また、園をひらいて文雅の集いをした折、京のさる宮家から光圀へ下賜されたお歌だった。

光圀をめぐる若い人々は、このお歌を、どんなに胸にきざんで、愛誦したかしれない。

その情熱は、このお歌のうちにひそむ深意を拝察して、その反歌に、

醜草の いやはびこるも

醜花の 咲き狂ふとて

御門守る われら防人

つたへもつ

天の衛府太刀

すめらぎの御土ぞ御国

まかすべき 醜の世腐えに

根刈りつくして

菊植ゑん 白菊のはな

誰が作ったのか、こう長歌めいたことばに、おのずからな節をつけて、三々五々、水戸の城下を横刀闊歩、一頃は高唱して憚らなかったこともある。