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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

(いや、祖母さまは、いなくはない……。たしかにいる)

と、いう考えが、ぽかと、夏雲のように、胸にうかんで来た。

(……どこに?)

と、眼をひらいて、眼のあたりの台座にすわっている鎌倉期の仏さまの、伽藍の天井をつきぬくばかりな、高いおすがたを見あげてみた。

――どこかお顔が似ていらっしゃる。

けれど、かれが心のうちに見つけた祖母は、それでもなかった。

ふたたび眼をとじた時、なおはっきりと、ありかをつきとめた。

(あ、祖母君はいる。なくなったのは、おすがただけだ。ここにいる! ……ここにいた!)

そう知ると、かれは、とめどもなく膝になみだを垂れた。

衆僧の読経が終る。

焼香の順がくる。

父をのぞいては、誰よりもかれが先であった。兄なるひともあったが、その頼重をおいて、かれは幼少の時すでに、水戸家の世子と定められていた。

(光圀。立たぬか)

父に促されて、

(……はい)

あわてて涙を横にこすった。面伏せに、焼香をすまし、座にもどった。

いつになく、しおらしい。

父の頼房が、あとで、

(なにを悲しむか)

と、夜も無口でいるかれを、人なき僧院のひと間でとがめた。

(悲しむのではありません)