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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

十一

(――故に、わしの志業にも、二十歳だいや四十だいには、実はわれこそ独り日本を憂うるものと――のちに思えば恥ずかしいほど自負していたが、その行いは、すこしも伴わなかった。不孝もし、放埒もやり、恋もし、毀誉褒貶にも、内々こころを煩わし、いやはやなっていない憂国ではあった。……だが、ただひとつ、その時期ならでは出来ぬことがあった。それは、到底老いては抱けない志業の夢と、万難を無視してかかる雄邁な実行。……これは尊い。だから国家にとって、やはり若い人こそ、老いたるよりも尊しといわなければならぬ)

十一

ひとの問いでなく、みずから自分にむかって、かれは問うてみたことがある。

(いったい、自分の勤王心は、たれから培われたものであろうか)

――と、いうことを。

疑いもなく、光圀は、

(父であった)

と、いまさらに思う。

その父頼房は徳川家康の十一子として生れたが、性来、大の敬神家だった。

特に、領内の鹿島神宮には、生前何十遍、参拝されたかしれない。

わざわざ京都から萩原なにがしという神道家を招いて、神道の研究にもふかく心を入れていた。

敬神。――神への道。

そこを遡ると、自分の現し身を搏っている血をとおして、遠い大祖たちの神業と、国体の真が、いつか明らかに、心に映じてくる。