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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
かれが古人にたいして、ひとなみ以上尊敬をいだく風があるのも、そういうところからも依って来ている。わけてかれがもっとも景仰しておかないひとは、楠木正成であった。
目下、西山荘を去って、かれの側にはいないが、家臣の佐々十竹が、旅行さきから先頃、西山荘へあててよこした書面には、
(はからずも、河内の一院で、楠公の神牌を拝しました。それには贈三位左中将とございました)
と、なお感慨をいろいろと書いて来ていた。
楠公の事蹟も遺址も、いまはあとかたもなく忘れられていた。
足利尊氏といえば、思いあわせるが、ただことばのうえで「なんこう」といっても、ひとはちょっと思い出さないような顔をしている今――元禄の世であった。
(いたましや、何がな、わずかのご事蹟でも見出したら、草をわけ、地をかえしても、つぶさに調べよ)
とは、かねて老公から、その地方へ出張中の吉弘元常や佐々十竹にも、篤と命じてあったことなのである。
で、十竹の報告を得ると、かれは、天意というか、天縁というか、自分の至誠があるものにとどいたようなここちがして、あくる朝、
(ゆうべは、欣しさのあまり、ひと夜中、眠られなかった)