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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「なんのなんの、世間へ憚ることも、羞恥むことも少しもない。光圀もことし六十五、雪乃も六十路にちかい年。よも、今さら仇し浮名は立つまい」

「では、お旨のまま、雪乃さまへ申しあげておきまする」

馬の前に立って、肩をならべて歩いていた江橋林助と渡辺悦之進は、顔を見あわせてほほえんだ。

いま、うしろ耳に、聞くともなく聞いたはなしから、ふたりは同じことを思い出していた。

――もう古いことだが、今もって家中の者が、時折うわさにする、それは老公の隠れもない艶聞のひとつであった。

敢て、そのひとつと、断らねばならぬほど、老公の青年時代には、幾つもの艶聞がある。

雪乃という奥仕え女中とも、部屋住みの頃、想思をかよわせていたが、この頃から彼の心境に、著しい変化が来ていた。

(恋のために恋死なん)

と、いうような情熱が、二十歳をこえた一頃の彼には、放縦、狂躁、浮薄なかたちをもって、不良質をひどく素行にあらわしていたものだったが、それが雪乃と恋をするようになってから、

(恋は路傍の花。――恋を摘むは男の道草)

と、いう風な軽い考え方に変って来たのであった。

うち気な、純情な、いやしくも貞操を戯れの火には投げない彼女のきれいな感化にもよるが、その前後、老公の厳父頼房が、厳戒を加えたこともあり、お傅役の小野角右衛門が、