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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
幸いなことには、浪人者の腕がにぶい。為が蹴とばしたので、その上へふりかぶった刀まで取り落して、横仆れに、腰をついた。
「素ッ首を」
「なにを」
格闘が始まった。
しかし、そうなったところで、幾ぶんでも柔術なり竹刀の下地がある浪人者に、及ばなくなったのは当りまえであった。
「やあいっ、誰かっ、助けてくれえっ」
ついに為は、ありったけな悲鳴を出して、浪人者の下にもがいていた。
すると、その浪人者が、またかれの体のうえから見事にひッくり返った。遠くで見ていた者が笑いだした。
為の連れの者の勘太が、ひっ返して来て、うしろへ近づいていたのも知らず、浪人者は、安んじて、得々と自己の偉力を誇っていたところだったからである。
「為さん、さきへ帰んな。おれがひきうけた」
勘太が立ちむかうと、まるで闘いはちがって来た。浪人者のほうが、手玉にとられて、かかッても、かかッても、気味よく叩きつけられてしまうのであった。
「おぼえておれ」
どこかでまた、ひとが笑った。浪人者は、その笑い声にすら脅やかされて、くるくる舞いしながら逃げ出した。
「やあい、これは、置いてゆくのか」
勘太は、浪人者の落して行った刀を、街道のほうへ、抛ってやった。