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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
四
――建武、延元の雄たけびを思わすような風の声もして。
四
「――小楠公が二十一のときというから、その年は興国六年ごろか。正行、正時の兄弟は、父の遺訓にもとづいて、前の年から四天王寺や和泉のさかいで大捷を博し、転じて、八尾の城を屠り、誉田の森では、足利がたの細川勢を粉砕したりなど――真に正成公の再来だ――と、敵にも味方にも驚嘆されていた」
介三郎は、杯をなめた。
さし足した薪が、新たな焔を作って、どかどかと焚火を旺んにしてくる。
「潰走する足利の大軍を追いかけ追いかけして、その頃の難波津から渡辺橋のあたりまでよせて来たのが十一月の末、二十六日の夜明け方だったという。……ちょうど今夜のように寒かったろう」
焚火のけむりの上を、千鳥がこえて行った。たれも仰ぐ者はいない。介三郎の面からすべての眸はうごかなかった。
「――暗さは暗し、うしろに敵は迫る。度をうしなった足利勢は、ただ一すじの退路渡辺橋へ、われがちにどっと乗しかかったが、馬は狂い、人と人はもつれあい、かき落されて淀川の激流へ転け落ちたものが何百人かしれなかった」
「…………」
「正行はそれを見るや、追撃の兵をとめて、あれ救え、凍え死のうにと、五百余人の敵兵をひきあげて捕虜とした」