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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「やって来ます」
「参りますとも」
異口同音だった。
小屋はその前にとり払われていた。怪我人はほとんど全治して帰っていた。石権以下の職人たちも、
「それでは、初春にまた」
と、各※(二の字点、1-2-22)、大坂や堺のわが家へひきあげて行った。
勘太は家がない。
介三郎について広厳寺へ帰ったのである。
介三郎は、あくる日、委細を書面にして西山荘の老公へ宛て、
「飛脚屋に頼んで来てくれい」
と、勘太に託した。
勘太は、町の飛脚屋まで行った帰り途、気にかかるので、街道から碑のほうをすぐに眺めた。
すると、近所の者らしい百姓が、正月の鏡餅を上げに来ていた。たれか見知らない者が二、三人礼拝しているし、通りかかりの旅の武士らしい老人がまた、いんぎんに笠を脱いで、娘とともに柏手を打っていた。
勘太は、それを見ると、飛ぶように広厳寺へ帰って行った。
そしていま方丈のうちで、住持とともに雑煮を祝っていた介三郎の所までわざわざ行って、
「もう湊川の碑の前には、朝から鏡餅をあげたり参拝している者が六、七人もおりましたよ。なかに人品のよい旅のお武家などもいました。若い女も見えました」