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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

和尚の言にうなずいて、介三郎はにこやかに、

「そうでしょう、庶民のうちにはいると、神も仏も、本来のものは稀薄になって、形のうえのことが、重大に支配して来ますから」

「拙僧はこう解しています。仏法渡来までの日本には、仏教はなかったのでありますし、神は日本とともに、その発祥建国から御柱としてあるものでありますから、どこまでも、神祭は国教であり、仏祠は民教であるというふうに」

「これはまた、寺院におられながら、思いきったご解釈ですな。仏徒の方々のうちには、そうはっきり考えているひとが、ほかにも多くありません」

「まず、少ないでしょう。むしろ神事の祭と対立しているように、堂塔の大を誇ったり、権門の帰依を恃んでいるほうが、まず偽らない現実です」

「対立などは困る」

「ですからはっきり拙僧の申したように、庶民も分っていなければいけません。妙な迷信や混信の弊もそこに生じましょう。拙僧の解釈はきっと仏徒には不平でしょうが、そもそも、はっきりした国体のうえへ、中古に請来された仏教です。人間の煩悩五欲生死解脱などのうえに、非常に大きな光明をもたらして、日常生活に直接むすびつきましたから、上下を通じて、僧門の勢力は、神社のまつりなどの比ではありませんが、これをもって、神祭のすたりが来たすようでは、国体の弱まりではありませぬか」