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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

十

十

「何があったので?」

旅籠のおやじが眼をさまして起きて来た。ほかの部屋でも眼をさましたらしい物音がする。介三郎は、まだ縁に立っていたが、

「いや、何でもない。わけは明朝話す。ほかの客たちにも、眠ってくれるよう、詫びておいてくれい」

おやじは、寝衣すがたを、寒そうに屈めて、内へはいって行った。ほかの部屋の人声もすぐやんで、もとの深い夜更けに返った。

介三郎は、戸ぶくろの雨戸を、引き出そうとしかけた。すると眼のすぐ下に、何やら黒いものがうごいている。縁の下からそれへ這い出して来て両手をつかえている勘太だった。

「あっ。勘太ではないか」

思わず出た大声に、介三郎は自分ではっとしたくらいである。どうしたろう? もう戻って来なければならないのに? ……と、又四郎とはなしているまも心にかけ、いまもいまとて雨戸を引出しかけながら案じぬいていたところだった。

「なんでそんな所に坐っているか。勘太、なぜ上がらないのか」

すると勘太は、

「申しわけありません」

と、ばかりいって、しばらくは顔を上げなかったがやがて、じっと仰いで、

「すぐ、お別れ申しますから、ここでお詫びだけして参ります」