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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「もとよりのこと、ゆめ、あの隠居には、油断はならぬ。天下に怖いものはないが、この吉保にも、あの老人だけは苦手である。思えばそちはよくもよくも、ああいう主君の下に三十年も無事に仕えて来たものじゃ。それも、ただ凡々ではなく、無二の者と、重用されて来たところは、そちも隠居以上、油断のならぬ男とみえる」

「おからかい遊ばしては困ります。そういう論法でいえば、あなた様が将軍家や大奥をうごかされる才腕など、何とお称えしてよいか、適当なことばもちょっと見当りません」

「ははは。さほどでもない」

「ご謙遜です」

「いうな。口舌では、所詮かなわん」

「――が、てまえの望みは小さく、あなた様のお希望は、いわゆる大望です。当然、格のちがいは是非もありません」

「何しても、助力してくれい。わしの望みの成るは、そちの望みが成るも同じと思うて――」

「さればこそ、水戸家だけでも菲才には重荷にすぎる身を、こうして、ご当家のお為には、粉骨砕身を誓っておりますが、なお、ご不満でございましょうか」

「いや、いや。不満どころではない。水戸殿をして、隠居のほかなき窮地へまで追い陥したのも、内部にあって、そちがよく吉保と呼吸を合せてくれたからだ。