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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「わけの分らぬはなしだの」

「まったく、解しかねることでござりますが、どうしても、あるお大名の奥仕えにあがらなければならないような破目だとか――実は、白石さまの召使の者からじかに伺いましたが」

「はてのう。世話人はだれじゃな。その口ききは」

「ちと……申しあげかねますが……やはりご家中の、しかも傍からは、指をさせないようなお方の」

「うむ。そうか」

「つまらぬことをお耳に入れましたが、どうぞお聞きながしに」

「いや、何を聞こうと、隠居の身、大事はない」

「粗茶でも一ぷく、奥でさしあげとう存じますが」

「いやいや、人見又左が浪宅で、何がな支度しておるはず」

老公は、身がるに立つと、西山荘へもちと遊びに来い、などといって、葛屋の店から出て行った。

主は、道にまで出て、うしろ姿へいんぎんな礼をした。髯と梅の杖は、町の春日を肩にあびて、あやうげもなく人なかへ紛れてゆく。

「……なんだか、夢のような」

あり得ないことがあったように主はつぶやいた。天下の副将軍とも仰がれたおひとだろうかと、もういちど眼をこらして見直した。

茶ちりめんの頭巾はもう彼方の辻を曲っていた。

やしき町も出はずれる。