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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
(何しても、たいへんな事に関りあったもの。いったいどうする気か)
と、顛動して躁ぎかけたのは、もちろん魚松の夫婦である。
それをたしなめて、
(わたくしの身は去年の秋祭の晩に、もう死んだものと思ってくださいませ。又四郎さまがもう一度生きて来ないうちは)
と、飽くまで躁がないのも、その夫婦のむすめだった。魚屋のむすめとも思えないほど、これがわが娘かと疑われるほど、お次はさむらいの妻になりすましたように落着いていた。すきな男性の感化というものが、女に対してはこんなにも強いものかと、親たちは自分を淋しがりながらも、その健気さに感じ入った。
また、そのお次を力づけて、
(もう一度人見様が、この世へ立ち返らないとは限りません。又四郎さまといい林助さまといい、空井戸の底に生きていることは確かですから)
と、あらゆる思案も憂いも共にしてくれるお蕗という者がいるので、お次はよけい心づよかった。
そしてこの上は、一部始終の経過を、西山荘の老公へお訴えして、老公のお力にすがるしか途はないという最後の考えに行きついたのであった。
ふたりが身を旅すがたにつつんで、江戸から府外へ脱け出して来るまでにも、実に一方ならない苦心があった。