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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
「……ともあれ、ここはご休息なさるにしては端近です。綱条の室までお越し遊ばしませぬか」
太守自身が案内に立つ。老公はうなずいてそのあとに従いてゆく。儀礼の上では君臣でも、情においてはやはり父子であった。その睦じさはつつみきれない。
――ただ、そのあとから、黙然と追従してゆく紋太夫のすがたには、いかに冷静を誇示して見せても、蔽い得ないものがあった。かれの面と胸の衷とは、ちょうど土用波のようなものだった。表面は至極穏やかに見えるが、底波のうねり大きく荒れ躁いでいたにちがいない。
父子、一室にはいってからは、まったく家老も近習も遠ざけて、夜の更けるまで語りあっていた。そのあいだ、紋太夫のひと知れぬ焦躁といったらない。目に見えぬ金剛縄と太柱に身をくくりつけられているのと同じであった。ただ歯の根をかんで、事の手違いを、悔い憤るしかなかった。
十六
あくる日。――多分そうあることとは予想されていたが、果たして、老公は柳営へ登城した。
破綻、敗北、すべて画策が画餅に帰したと覚ると、
(ついに事ここに至ったか)
と、さすがの藤井紋太夫も、悲痛な覚悟をきめたらしく、式台に列座して、当主綱条以下家臣一統とともに、老公の駕籠を見送るときは、その眉宇に生色もなかった。