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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
二十一
「こういう日を、駕籠のうちに、とざして行くは惜しい」
好んで馬の背にゆられてゆく老公を、宿々、誰あって、老公と知るひとはほとんどない。
べつに、一挺の塗駕籠は、小石川の邸から添えられている。馬の背に疲れたらそれへ移ればよいわけである。ところが、その塗駕籠のうちには、途中からそっと乗ったひとがある。
また、そのとき供の内へ、ふたりの者が途中から加わった。ふたりとも笠をいただいて、始終うつ向き加減に、一言も発せず、供に従って歩いているだけなので、佐々介三郎、渡辺格外のほかには、何者やらいっこう知れなかったが、水戸にはいって後、誰にも分った。
一名は人見又四郎。もうひとりは江橋林助だった。
そして、駕籠のうちの老美人は、雪乃であった。
こう三人は、老公が江戸を立つ朝、時刻をはかって、府外のさかいに待ちあわせていたのである。すでにこの世の者ではあり得なかった三人が、こうしてつつがなく、しかも同時に、老公の帰山の供に加わり得たということは、もとより自然の運命ではない。老公に助けられたものだった。老公の偉きな手のみがよく無事に救い得たといってもいい。
この急速な計らいはまた、もちろん藤井紋太夫の悔悟の実証と、夜来からの奔走を明らかに語るものだった。