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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
すでにして郷に還り、即日、収を瑞龍山先塋の側に相し、歴任の衣冠魚帯をめ、載ち封し載ち碑し、自ら題して、梅里先生の墓と曰ふ。
先生の霊は永くここにあり嗚呼、骨肉は天命終るところの処に委せ、水にはすなはち魚鼈に施し、山にはすなはち禽獣に飽かしむ。何ぞ劉伶のを用ひんや。
その銘に曰ふ。
月は瑞龍の雲に隠るといへども、光はしばらく西山の峰にとどまる。
碑を建て、銘を勒するものは誰ぞ。源光圀字は子龍。
*
むかし、孔孟以後、劉伶という賢者がいた。この賢者、つねに(鍬)を杖として、天下に道を説いてあるき、
(わしが死んだら、こので穴を掘り、骨を埋めよ)
といっていた。
「劉伶の※(「金+插のつくり」、第3水準1-93-28)」それに対して、老公はここで曰っている。
(わしが死んでも、それには及ばんよ。ねがわくは魚鼈に施し、禽獣に飽かせてくれ)――と。
一殺多生
一
月ハ瑞龍ノ雲ニ隠ルトイエドモ、光ハ暫ク西山ノ峰ニトドマル。――その老公も、この夏はめっきり暑さにお弱りらしいという。
ただしこれは、里のうわさと、何かにつけ、老公の健康を案じる一部人士の取沙汰にすぎない。