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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
一殺多生
一
余りに、老公のすがたを見ないからであろう。また、折々の客を辞して、西山の門は、いつも変らない蝉時雨と、寂たる夏木立に委せられていたからであろう。
秋もすぎ、やがて冬も、人目立たない間に、いつか梅紅葉、桜紅葉を、しとどに、山荘へ降りこぼしていた。
十一月の中旬。
霜の白い朝だった。
庭の一隅で、渡辺悦之進が、落葉を焚いていると、
「きょうはちょっと、城下まで行って来たい。留守をたのむぞ」
と介三郎がその出がけに立寄って、共に焚火へ手をかざした。
「いいとも。――が、ご隠居さまへは?」
「いま、お願いして来た。十年一日のように、あの茶頭巾を召され、冬日の障子のうちに、じっと、端座しておられるおすがたを拝すと、やはりお年齢が思われる」
「むむ。……わけてこの、一、二年のお悩みは、さすがにお体にこたえたらしゅう拝される」
「憎いの」
と、介三郎は、ふいに、きっと下唇を噛んで、
「それもこれも、みな藤井紋太夫と一味の悪徒がなす業だ。彼奴らの跳梁が、ついにご隠居さまのお生命取りとなりおったか」
「いまとなっては、老公もすでに余りに老境。当主綱条様には、そのお力はなし、世子吉孚さまは、なおお若くてあらせられるし――藩中に多くの徒党を擁している紋太夫の勢力を圧え得るものはたれもない。