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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
夜前はちと、ごきげんにまかせて、お相手とはいえ、長居を仕りましたから、どうかと、あとでお案じして退がりましたが」
「いやいやご隠居さまには、今朝ほどはもうお床を払っておいでなさる。まだ、お咳は多少あそばすが、何せい、平常からお横になっているのは、大嫌いなご性分じゃし……」
「やはり軽いお風邪の程度とみえる。壮者もしのぐお元気、ご心配はないでしょう」
「が、何といっても、お年齢ばかりは……な」
「多少は、お弱りが、窺われますかの」
「おととしよりは去年、去年よりはことし、あれほどお好きな謡曲にしても、近ごろは、お謡いも極く稀じゃし、興にのって、仕舞をあそばすようなことも、とんとないのを見ても」
「このたびのご出府には、何ぞにわかに思い立ち遊ばしたことでもおありなのであろうか」
「いや何、別して、ご用のあるわけはない。――やはり仰せられている通りでおざろう」
「どういうことを仰せられているので」
「申すもちと辛いが……ご自身でも、はやご老齢を観念あそばされたか、このたびが、江戸表の出納めよと、西山をお出ましの節も、道中でも、仰せられた」
「では、こんどを、最後のご出府として?」